2010年4月22日木曜日

電子書籍の傾向と対策

先日の電子書籍関連イベント「ePublishing Cafe」でのイーブックイニシアチブジャパン(以下、ebookjapan)の小出氏(@koicchin)とイーストの下川氏(@eijyo)による講演内容がとても勉強になりましたので、その内容を簡単にまとめておきます。運営関係者の皆様、本当にありがとうございました。

まず電子書籍をめぐるおおまかな現状から。
  • 2009年の電子書籍の市場規模は日本がダントツの世界一で、日本の場合は市場規模の9割以上がケータイ向けの電子書籍(INTERNET Watchに「日本における電子書籍の市場規模の推移」が、セルシスが発表したプレスリリースに「日本の2008年度の電子書籍の市場規模に対する解説[PDF]」が、それぞれ掲載されています)。<※正確な数字は失念してしまいましたが、日本が500億円強、アメリカは20億円強だったと記憶しています。どなたか正確な数字をご連絡いただけると助かります>
  • 日本の紙の書籍の市場規模は年々縮小(2007年は約39億冊、2009年は約34.5億冊)。
  • それに伴い日本の出版社数も縮小(2007年は4260社、2009年は3939社。ここには個人出版者も含まれる)。
  • 電子書籍の流通フォーマット(電子書籍リーダで取り扱い可能なフォーマット)には様々なものがある。ここで、日本の主流(.MOBITTZ/TTX、.BOOKなど)と世界の主流(ePub及びPDF)は異なる
  • アマゾンのKindleやアップルのiPadがけん引役となり、電子書籍リーダの世界の市場規模は年々大きくなると予測(2000年は550万台だったのが2013年は2200万台程度にまで大きくなると予測)。
  • KindleやiPad、今後海外で発売が予定されている電子書籍リーダで共通で利用可能な流通フォーマットは世界の主流(ePub及びPDF)に集約されていくものと想定される(ただし、iBookのePubは通常のePubを拡張したものとなっている)。
  • 著作権保護の観点から、PDFよりもePubが主流になると思われる(ePubにはDRMの埋め込みが可能)。
国の電子書籍に対する取り組みは総務省のホームページで確認できます。ちなみに国会図書館の現館長はIT畑出身ということで、国会図書館は既に蔵書のデジタル化に熱心に取り組んでいるようです。

さて次に電子書籍に関わる問題点です。
  • もともとデジタル化されていた音楽とは異なり、紙媒体のデジタル化にはコストがかかる
  • 既に紙媒体で出版済の書籍については著者等との権利関係が複雑なため、デジタル化に至るまでの調整に時間がかかる。
  • 今後デファクトとなりそうな電子書籍の流通フォーマットであるePub(現在のバージョンは2.0)は欧米中心に標準化作業が実施されているため、日本の要望が反映されていない。(現在のePubの問題点「文字サイズの変更に伴うレイアウトの崩れ」や「ルビに未対応」などを次期ePubにおいて是正してもらうため、日本は中国や韓国と連携してePubの標準化団体である IDPF : International Digital Publishing Forum に対して要求仕様を提示する予定)
こうした状況の中、ebookjapanでは2000年から電子書籍に対して積極的に取り組まれています。
  • ebookjapanはマンガを中心とした電子書籍の販売サイトを運営する一方で、出版社・著者からの委託を受け、紙の書籍のデジタル化を推進している。
  • ebookjapanの2010年4月現在のラインナップ数は約3万5千点(その殆どがマンガ)だが、これではまだまだ足りず、最低ラインの10万点までは早急に増やしたい。
  • ebookjapanの電子書籍の流通フォーマットはEBIで、リーダは専用アプリ。2010年4月現在、Windows、Macの他、iPhoneにも専用リーダアプリをリリース済で、今後はiPad、アンドロイドにも順次専用リーダアプリを投入予定。
  • ebookjapanでは、直接ebookjapanと契約した場合の著者のレベニューシェアは二割から三割程度(間に出版社が入った場合はわからない)。
  • 「トランクルームサービス」でアンビエントな環境(好きな時に好きなデバイスで読める環境)をある程度確保しつつ、海賊版対策も実施(セカンドベスト)。
  • 日本のマンガは世界的にも人気が高いため、現在は大きな市場が見込めるアジアへ進出中。既に台湾には進出済で、台湾を橋頭堡に中国市場へ狙いを定めている。
講演者の小出氏曰く、200冊の紙の書籍を制作するのに20年かけて育った直径20センチ高さ8メートルの木1本が必要とのことでしたので、デジタル化はエコにも繋がりそうです。なお、ebookjapanの取り組みについてはNHKの「Bizスポ」で放映された特集がとても参考になりそうなのですが、残念ながらYouTubeにはありませんでした。

そして最後、ITエンジニア視点での電子出版への対策(あくまで私見)を少しまとめておきます。
  1. 今からデジタル化に着手する場合、KindleにせよiPad(iBook)にせよ主要な電子書籍リーダが共通して採用している流通フォーマットはePubであるため、とりあえず最終的にはePubに変換できるよなフォーマットを採用しておく。
  2. 既にデジタル化に着手している場合、現時点で採用している流通フォーマットからePubに変換する道筋をつけておく。
  3. ただし、ePubは現時点でやや難があり、また、今後もそれが解消する保証は無いため、インタラクティブ性の高い電子書籍とする場合には、専用アプリで展開することも視野に入れる。
  4. 今のうちに権利関係を整理するよう他部署へ働きかける。
  5. 次期ePubに日本からの要求をより多く反映してもらうように何らかの支援を試みる。
電子書籍はこれから益々の成長が見込める分野であり、また技術的にも非常に興味深い分野でもあるため、これからも関わっていきたいと思います。また、早速取り組みたいところでもあります。

もし内容に不備など発見されましたら、ご連絡いただけると助かります。

-----
[2010-04-22 18:30]
「日本における電子書籍市場規模の推移」(INTERNET Watch)及び「日本の2008年度の電子書籍の市場規模に対する解説」(セルシス)へのリンクを追加。@mryo0826 さん、ありがとうございました!

[2010-04-26 10:27]
ITmedia オルタナティブ・ブログに大元隆志氏(@takashi_ohmoto)が素晴らしい関連記事をアップされていました。
この話も押さえておきたいですね。

2010年4月19日月曜日

キュレーションの業務フローと業務プロセス

オンラインコンテンツのキュレーションについてさらに理解を深められそうな記事がありましたのでご紹介します。これまでの記事によってキュレーションの概要については概ね把握できるかと思います。
しかしこれまでの記事ではキュレーションの具体的な業務フローと業務プロセス(どのような作業をどのような順番で実施すれば良いか)についてはあまり触れられていませんでした。今回の記事はここを埋めるものとなります。本記事の作者 Robert Scoble 氏は名著「ブログスフィア」(お勧めの本です)の共著者で、ソーシャルメディア、特にブログに対する知見は非常に深いものがあります。その Scoble 氏の記事とあってとても読み応えがありました。
Scoble 氏は、リアルタイムに更新される原子レベルの情報、すなわちツイッターのツイートや Google Buzz のメッセージもキュレーションの対象になるとした上で、キュレーションの業務フローと業務プロセスを次のように定義しています。
  1. 原子レベルの情報を束ねる
    あらゆるソーシャルメディアから関連する原子レベルの情報を収集・選別し、束ねる。
  2. 束ねた原子レベルの情報を並べ替えて分子レベルの情報を作成する
    束ねた原子レベルの情報を、例えば重要度が伝わるような形で並び替え、分子レベルの情報を作成する。
  3. 分子レベルの情報を配信する
    分子レベルの情報を、ツイッターや Facebook、メールなど、適切な方法で配信する。
  4. 分子レベルの情報に対して意見を述べる
    分子レベルの情報に対して、自分の(客観的な)意見を付与する。
  5. 分子レベルの情報を更新する
    状況の変化に合わせて、分子レベルの情報を更新する。
  6. 読者が参加するためのウィジェットを追加する
    読者からのコメントをもらったり、読者にアンケートをとるための機能(ウィジェット)を追加する。
  7. 読者を追跡する
    アクセスツールなどで、読者の足取り(どこから来たのか、どのくらい見られたか、何に人気があったかなど)を調査する。
ここで Schoble 氏は、各業務プロセスにおいてクロスプラットフォームで利用可能なツール(全てのプラットフォームを横断的に利用可能な単一のツール)が未だに整備されていない現状を指摘しています。どうやらツールベンダが次のようなことを懸念しているために、ツールの構築が進んでいないようです。
  1. 各プラットフォームのAPIが異なるため、クロスプラットフォームで利用可能なツールの作成は技術的に困難である。
  2. プラットフォームベンダの動向を気にしている(例えばせっかくツールベンダが機能を作成したとしても、プラットフォームベンダがさらに高性能の機能を作成する可能性がある)。
  3. ツールを作成したとしても利用者が少ないと考えている(ただ、Scoble 氏はこれは杞憂であるとしています)。
ツールが整備されていないと業務効率が著しく低下するため、これは今後の課題となりそうです。キュレーションは今後間違いなく普及することを考えると、日本のツールベンダにも是非頑張って欲しいところですね。さて、Schoble 氏は最後に、キュレーションを取り巻く状況は今後改善されていくことを次のように予測されています。
  1. (様々なソーシャルメディアにリアルタイムに掲載される原子レベルの情報を対象とした)検索機能は近い将来改善されるだろう
  2. リアルタイムにトレンドを把握するための機能は近い将来改善されるだろう
  3. ブランド価値のある分子レベルの情報と広告は結びつくだろう
  4. プラットフォームベンダは近い将来マネタイズの手法を確立するだろう
  5. 位置情報サービスは分子レベルの情報に付加価値を与えるだろう
  6. 関連性や信頼性の付与はシステム化されるだろう
キュレーションが普及し、マネタイズの手法が確立されるのはもう間近なのかもしれません。

なお、本記事は英文記事の内容を基にして作成しています。もし私の認識が誤っている箇所など発見されましたら指摘いただけると助かります。

2010年4月18日日曜日

#book 報道とツイッター

「人間は社会的な生き物だから、ソーシャルメディアはインフラになる」。ソーシャルメディアに関する議論においてよく耳にする言葉です。これには私も賛成で、これまで本ブログでも何度か言及してきましたが、今後日本でもソーシャルメディアは情報流通の中心になると確信しています。しかし、ソーシャルメディアには様々なものがあるため、実際にビジネスで利用する事を検討してる企業は今後どのサービスがデファクトになるかを慎重に見極め、そして目的を明確にした上で採用を決定する必要があり、これは極めて困難なプロセスになるかもしれません。ここで、シェル・イスラエル氏による「ビジネス・ツイッター」は大いに参考になりそうです。
本書の書評としては、ループス・コミュニケーションズ・斉藤氏(@toru_saito)の書評を強くお勧めします。本書購入の決め手となりました。また、AMN・徳力氏(@tokuriki)の書評も非常に参考となりますので合わせてご参照下さい。
さて、私は報道機関で働く人間の視点から、本書について少し解説したいと思います。

本書の第11章「ツイッターと個人としてのブランド作り」で紹介されていたNBCのテレビカメラマン、ジム・ロング氏(@NewMediaJim)の事例は、現在マスメディア企業で働かれている記者・編集者の方々がセルフブランディングについて考えられる上で非常に参考になるのではないでしょうか。
  • ジム・ロング氏は1993年以来、NBCのテレビカメラマンを務めている
  • テレビを含めたオールドメディアには昔日の勢いは無く、近い将来自分にもリストラされるのではないかと考えていた
  • 2008年のSXSWカンファレンスにて氏はツイッターに出会った
  • 以降、テレビカメラマンの視点でTweetしていたが、これが評判となった
  • 2009年5月現在3万のフォロワーがいる(2010年4月18日現在は3万7千)
  • 氏はツイッター上でセルフブランディングを行っている
  • レイオフされることに備えておき、NBCで過去15年の間に培った経験を生かし、自分自身のブランドで新しいオンラインビジネスをいつでも始められるようにしている
ジム・ロング氏のツイッター利用について、著者は「ロングの活動がクチコミ・ネットワークの世界におけるNBCの存在を拡大していることは確かだ」と述べた上で「ロングがツイッターで行ってきたさまざまな活動は、NBCが新しい対話メディアの時代に対処できるよう変身するのに、大きな参考となるはずだ。だが、NBCのトップが本当にそうした変身を望んでいるのかは疑わしい」としています。そして「ロングはオールドメディアの職で得た経験を、ツイッターで作った個人ブランドの上でビジネスに結びつけようとしている。同僚たちの多くが時代遅れの遺物となる危険にさらされているのに反して、ロングが成功を収める可能性は高い」と締めくくっています。

現在マスメディア企業で働かれている方は、第12章「複合ジャーナリズムの時代」だけでも読む価値はあると思います。ツイッターの登場は情報流通に何をもたらしたのか、そして情報流通はこれからどのように変わっていくのか…本書で明快に解説されています。市民ジャーナリズムはかつてないほどに広がり、発信力も高まっています。そして間違いなく言えることは、今やジャーナリズムにとってソーシャルメディア、特にツイッターは欠かせない、という事です。
P277
メディア企業の価値は、信頼できるニュースを届けるための効果的な組織であるところに存在する。それがニュースメディアのブランドである。ブランドはコンテンツが印刷された紙に属している。読者がオンラインに移動すれば、新聞社はいやいやながらもその後を追わざるをえない
P282
ソーシャルメディアは、災害が襲ったときに、たったひとりの人間でも、立ち上がってコミュニティの人々の情報交換に貢献できることを証明した。
個人的には第16章「ヒントと指標、加えて少々細かい話」の「フォロワーを減らすことも大事だ」にあった次の一節が非常に印象に残りました。
P398
(著者自身の興味の変遷について)フォロワーが好むソーシャルメディアの話題に終始しているべきだっただろうか。私は否と答えたい。昨日興味をもった内容だけを書いていれば、日々の成長すら感じられなくなるではないか。しばしば、そんなものは存在しないのに、フォロワーへの義務を感じてしまったりすることがある。発言に対して報酬をもらっているわけではない。私に何か価値があるから人がフォローしてくれるのだ。

私はライターとして種々の経験を積んできた。自分の立ち位置をいろいろと変えてさまざまなテーマに取り組んできた。ツイッターでは少しスタンスを変えて、自分のスタンスを保ちつつ、フォローする人やフォローをやめる人の数を見て適正な位置を探っている。
本書、お勧めです。